島国時々更新日記

日本ではない南の島国で知ったことを書いていきます

【フィリピン】平均世帯年収の伸び(2015年から2018年にかけて)

以前の記事で、フィリピンの2015年世帯年収について言及していましたが、フィリピン統計庁が2019年12月に2018年世帯年収の統計を公表していましたので、簡単に整理します。

https://psa.gov.ph/content/annual-family-income-estimated-php-313-thousand-average-2018

首都圏の他、大都市であるセブ市とダバオ市のある地方も抜き書きました。

 

              2015年
平均年収 平均年支出 平均年貯蓄
全国平均 26万8000ペソ 21万6000ペソ 5万2000ペソ
マニラ首都圏 42万5000ペソ 34万9000ペソ 7万6000ペソ
中部ビサヤ地方 23万9000ペソ 19万3000ペソ 4万6000ペソ
ダバオ地方 24万7000ペソ 19万ペソ 5万7000ペソ

 

              2018年
平均年収 平均年支出 平均年貯蓄
全国平均 31万3000ペソ 23万9000ペソ 7万5000ペソ
マニラ首都圏 46万ペソ 36万9000ペソ 9万2000ペソ
中部ビサヤ地方 30万8000ペソ 20万4000ペソ 10万4000ペソ
ダバオ地方 26万8000ペソ 18万9000ペソ 7万8000ペソ

 

「順調に収入が増えていってるね、経済成長しているね」と言えるのでしょうか?インフレ率は、2017年は2.9%、2018年は5.2%でした。日本のインフレ率は、例えばバブル経済真っただ中の1989年でも2.27%でしたので、ここのところのフィリピンのインフレ率はかなりのものです。全国平均年収の26万8000ペソ→31万3000ペソの伸び率は約1.17%ですので、インフレ率の方が高いです。

でもその割にはスマホ持っている人、新車、スタバやおしゃれカフェにたむろっている人の数が目に付くのですが…。筆者の近所のコンドミニアムワンルームタイプは家賃だけでも2万ペソぐらいが相場のようですが、外国人だけではなく結構若いフィリピン人も見かけます。

格差社会では収入の増加率も一律ではないので、中間層以上の収入の伸びと庶民層の収入の伸びが全然違うということなのでしょうか?

 

(※家計に関する基礎的な調査が2年おきの実施とは、これで政策がちゃんと策定できるのかしら、と不思議に思います。)

【労働者性】フィリピン乗合バスの運転手は労働者ではなく自営業者扱い

鉄道が発達しておらず自家用車も庶民には高嶺の花のフィリピンでは、庶民の移動手段の代表格は乗合バスのジープニーです。筆者の近所では初乗り8ペソ。

ja.wikipedia.orgこの乗り物の起源は、第2次世界大戦後のアメリカ軍の払い下げジープを改造してフィリピン人が乗り合いできるようにしたもの。マニラは大型のジープニーが走っているようですが、筆者の居住する市は道も狭いので軽トラックの荷台を改造して乗り合いできるようにした小型のものがほとんどです。

ジープニーは行政用語ではPublic Utility Vehicle(PUV)と呼ばれているので、公共交通機関、すなわち市かバス会社が経営しているのかと思ってしまいますが、このような「経営主体」はありません。それぞれのジープニーの車体にはオーナーがいて、運転手はオーナーから車体だけを借りて、毎日一定額の車体の借り賃をオーナーに納めます。さらに運転手は客からの運賃から借り賃やガソリン代を支払い、その残りを自分の収入とします。

この仕組みをboundary Systemといい、車体オーナーと運転手の間の契約はboundary system contractといいます。ということで、運転手は誰かに雇われているのではなく、自営業者。

この契約の内容や実際の運転手の仕事ぶりについてよく分かる新聞記事(2013年10月9日付けマニラタイムズ)がありますので、日本語に訳して紹介します。

www.manilatimes.net

バウンダリーシステムでも雇用関係あり

1997年にジープニーのオーナーが一人の運転手と契約し、オーナーが複数所有するジープニーの一つを運転させることとした。この契約はバウンダリー契約であり、運転手は1日当たり450ペソという一定額をオーナーに支払って残りを自己の収入とすることとした。この契約では、運転するルート、服装、車体の使用方法とメンテナンス、乗客サービスガイドラインも含まれていた。その他、当該ジープニー車体を購入する合意もなされていた。購入のために運転手は1万ペソの頭金を支払い、4年の間毎日550ペソの分割金を支払うと約束した。

その後運転手は毎日の分割金550ペソを支払えなくなっていたが、オーナーは運転を続けることを許していた。しかし2000年1月に、オーナーは契約上のペナルティを科すことを決めた。分割金不払いのペナルティとして、オーナーは当該ジープニーを取り返し、運転手に運転を禁じた。

そこで運転手はこれは違法な解雇であるとしてオーナーを訴えた。運転手によれば、オーナーとの契約は雇用契約であり、十分な理由がなく解雇されたというのである。オーナーは雇用関係の存在を否定し、二人の間の関係は賃貸借(leasing)の関係だったと反論した。

国労働関係委員会はこの訴えを訴えの利益なしとして却下した。しかし高裁は、当事者の間には雇用関係があると認めた。すなわち、雇用関係に基本的に必要になるのは解雇の可能性や支払いの形態ではなく、被用者の仕事のやり方をコントロールする力があることのみである。

最高裁も高裁の判断を支持し、バウンダリーシステムの背後にあるメカニズムを説明した。

すなわち、バウンダリーシステムとは、オーナー/管理者が運送業者として乗客を輸送するための一般的な方法であり、その目的は、第一には運転手の報酬を管理するためのものである。すなわち運転手の日々の稼ぎはバウンダリーの額以下のものはオーナー/管理者に渡され、バウンダリーの額以上のものは運転手の報酬になる。このシステムの下では、オーナー./管理者は運転手をコントロールし監視する。賃貸借契約では、貸し手は貸している動産にはコントロールが及ばず、借り手はその使用の結果に対して責任を負うので、異なっている。バウンダリーシステムでは事業の管理は依然としてオーナー/管理者にある。バウンダリーシステムでは、オーナー/管理者は公共の利便性のためにジープニーを運行するフランチャイズ許可(筆者注:地方自治体からの営業許可)を持っているため、運転手が当局のフランチャイズどおりの路線を運行しているか、事業の管理のための規則に従っているかを監視する義務を負う。運転手が固定給をもらうのではなくバウンダリーの額をオーナー/管理者に渡してその残りだけを収入とするという事実だけでは、雇用契約ではないとするには十分ではない。間違いなく、運転手はオーナー/管理者の通常の事業または商売に通常は不可欠または望ましい行為を行っている。

(以下略)

 

以上はVillamaria事件の最高裁判決(2006年4月)だそうで、バウンダリー契約はジープニー以外にもバスやタクシーで利用されていますが、これらの運転手も労働者性を争って認められているということです。そうです、フィリピンではタクシー運転手もタクシー会社に雇われているのではないのです。

ということは、裁判する時間とお金があればジープニーやタクシーの運転手も大方労働者性が認められるのか...。

Villamaria事件が起こったのは1997年なのでジープニーのバウンダリーの額は1日450ペソですが、今は1000ペソぐらいではないでしょうか?高いな!

ceburyugaku.jp

ところで外務省の安全対策基礎データ

庶民の足として親しまれているバスやジープニー,トライシクル等の多くは,運転が乱暴であったり,整備が十分でない,あるいは保険に加入していないなど,その安全水準は日本に比べて非常に低い状況にあります。また,車内で強盗やスリ等の被害に遭う事例も多発していますので,利用はお勧めしません。

と書かれてしまっていますが、安全水準がこうなってしまう大きな原因はバウンダリー制度にあります。なにしろ運賃8ペソでバウンダリーやガソリン代を払った残りしか運転手の収入になりませんので、運転手はお客を乗せるために必死で、ジープニー同士はお客の奪い合い。車両の整備は運転手の責任ですので、そんな余裕はない。

そんなことで、PUV Modernization Programがドゥテルテ氏が大統領就任後の2017年から進められています。

en.wikipedia.org

このプログラムは2020年には完了しているはずですが、まだ完了する気配なし。それにあのジープニーがなくなって近代的なバスだらけになったら街の景色が一変してさみしい…。しかし現在のフィリピンでは環境、乗客の安全、交通渋滞、そして運転手の労働条件にまで悪影響だという現実を考えると、このプログラムの完了が待ち望まれます。

 

フィリピン社会におけるバウンダリー制度の意味についてはこちら。

www.co-media.jp

 

【ドイツ】IG Metall(金属産業労組)の対応方針

ドイツの産業別労働協約改定交渉は2年に1度行われ、今年2020年は改定年度です。ということで、年明け以降、賃金その他労働条件や産業政策についての労使の意見が活発に表明されています。

デジタル化などの技術革新と働く人々の問題に対して、ドイツ政府としては再度の職業訓練を施すことで対応する姿勢を見せていますが、政労使三者のうちの労働組合はどのように考えているのか、現在の技術革新によりもっとも影響を受けている金属・電機部門のIG Metallの労使交渉対応方針を見ていきます。

https://www.igmetall.de/service/publikationen-und-studien/metallzeitung/metallzeitung-ausgabe-maerz-2020/jetzt-zukunft-sichern

IG Metallは今回の交渉では「公平な変化のための将来協定(Zukunftspaket für einen fairen Wandel)」とする方針を掲げています。

 

現状認識は、「金属・電機部門はリストラが進んでいるが、特に影響を受けているのは自動車産業である。しかしこの機会に乗じて利益のためにリストラを行う企業も多い」と雇用の不安定化が生じていると批判的です。そのため、従業員の現在そして将来の安定を求める方針を打ち出しました。

 

個別の具体的な内容としては、

● Arbeitsplätze sichern – kürzer arbeiten(就労場所の確保ー操業短縮)

 今回の交渉対応方針の中心。仕事が減った職場は人員整理ではなく、操業短縮(いわゆるワークシェアリング)を導入して労働時間が減った分は政府からの補助金で賃金補填する方法を採用せよ、とのこと。

● Investitionen und Qualifizierung sichern(投資と職業資格の確保)

 デジタル&エコロジーな未来のために、企業は投資を行い従業員の職業訓練に協力し、政府は時短勤務の期間を延長せよ、とのこと。

● Kaufkraft stärken(購買力の強化)

 賃上げは購買力強化のために必要、とのこと。その他日本人には興味深く見えるのは、エコな福利厚生の導入の要求。例えば、電気自動車の充電スタンドの設置やEバイクのレンタルなどを協約化することです。

● Angleichung der Arbeitszeit im Osten旧東ドイツ地域の労働時間の是正)

 旧西ドイツ地域は週35時間労働ですが旧東ドイツ地域は週38時間も働いているので、旧東も35時間にするように、とのこと。

 

IG Metallの労働協約は次の4月28日で平和義務の期間が終了するので、労使ともそれまでに交渉を決着させたいでしょう。

製造業、特に自動車産業は日独ともに売り上げの減少や技術革新と効率化等によるリストラに悩まされています。ドイツ流の解決策で結果が出せるのか、要注目です。

【ドイツ】技術の革新による変化と働く人たち、雇用

デジタル化、自動化などの技術の革新により、日本企業のみならず世界中の企業がビジネスや仕事のやり方の大変革を迫られていると言われている今日この頃。例えば電通の「日本における企業のデジタルトランスフォーメーション調査(2019年度)」によると、デジタルトランスフォーメーションにすでに着手している企業は70%だそうで、この先訪れる変化から逃れられないと各企業は戦々恐々としている様子がうかがえます。

技術の革新とは働く人たちにとっては自分たちの業務の効率化であって、そうすると思い出されるのが19世紀初頭にイギリスで発生した「ラッダイト運動」なのですが、現代の働く人たちは「効率化したら仕事が奪われる」と機械をぶち壊すわけにもいきませんので、どうにかこうにか生き延びていくしかありません。

 

かかる問題に対してドイツにおいては、連邦労働大臣のH. Heil氏(SPD)が昨年2019年から具体的な対応策を求めて動き始め、6月に政労使三者で「国家継続訓練戦略」を採択しました。詳細は下記に譲ります。

 

この流れの中で連邦労働省は「明日の労働法(Arbeit-von-morgen-Gesetz)」を提案しました。この法律案は3月4日(水)に閣議決定されたので、これから国会で審議が進むことでしょう。法案の概説はこのようになっています。

https://www.bmas.de/DE/Service/Gesetze/arbeit-von-morgen-gesetz.html 

Mit dem Gesetz sollen die Förderinstrumente der Arbeitsmarktpolitik weiterentwickelt werden, um die Menschen in Deutschland rechtzeitig auf die Arbeit von morgen vorbereiten zu können. Angesichts der Erkenntnis, dass in lebensbegleitendem Lernen und Weiterbildung der Schlüssel zum Erhalt der Beschäftigungsfähigkeit im Strukturwandel liegt, sollen besonders die Möglichkeiten von Weiterbildung und Qualifizierung in besonderen Situationen weiter gestärkt werden.

(この法律によって、ドイツ国内の人々が適時に明日の労働に備えられるように、労働市場政策の促進手段はさらに発展されるべきものである。この理解、すなわち構造変化におけるエンプロイアビリティの保持のカギは生涯に渡る学習と継続訓練にあるということに鑑みると、特に、特別な状況下での継続訓練と資格取得のさらなる強化がなされるべきものである。)

 

 

すなわち、ドイツお得意の職業訓練制度を用いて、学習や教育訓練により技術革新があっても引き続き何らかの形で仕事を得られるようにしていくという方向性です。具体的なスキームは、これまたドイツお得意の操業短縮(いわゆるワークシェアリング)&その補助金を活用して従業員の教育訓練のための時間とお金を作るとのこと。

 

コロナウイルス感染拡大でドイツ国内はかなり混乱しているので、この法案審議は後回しにされてしまうと思います。しかしproblem-mindedな日本人にとってはsolution-mindedなドイツ人が技術革新と雇用の問題にどのようにタックルするのかは興味深いため、今後の状況を見守りたいと思います。

フィリピンの労働者の権利の保護のレベル

国際労働組合総連合(英語:International Trade Union Confederation、略称:ITUC)は毎年 "ITUC Global Rights Index" という報告書を公表しています。この報告書は、国際的に認められている労働者の権利が政府や使用者からどれだけ侵害されているかについてまとめています。権利侵害の深刻さを数値化しており、特に「最悪の権利侵害国トップ10」との目を引くまとめ方により分かりやすく示されています。

フィリピンは昨年2018年の報告書では「最悪の権利侵害国トップ10」に選ばれてしまいました。

そして今年の報告書でも、引き続き調査国145か国の中で「最悪の権利侵害国トップ10」に選ばれています。今年の報告書はこちら。

https://www.ituc-csi.org/IMG/pdf/2019-06-ituc-global-rights-index-2019-report-en-2.pdf

この報告書の25ページがフィリピンの状況についての報告になっています。問題点は「暴力と殺人、公の抗議活動に対する過酷な抑圧、抑圧的な法律」という3点を指摘しており、具体例としては昨年2018年10月にネグロス島の砂糖農場で農地解放を求めて農地を占拠していた砂糖業労働者組合の活動家9人が射殺された事件を挙げています。

これがその事件の詳細です。

このITUCのフィリピン批判に対してフィリピン労働雇用省(DOLE)は7月5日に、「ドゥテルテ政権下でフィリピンの労働者はこれまで以上に労働法上の権利を享受している」「報告書で言及された事件は労働問題が関連していない」と公式に反論しました。

 

私見では、ITUC(ヨーロッパ的労働組合観が主流?)の考える労働組合の活動領域(労働条件以外でも労働者の暮らしに関することには労働組合が介入する)とDOLEの考える労働組合の活動領域(労働組合は労働条件に関することに対してのみ活動)が違っているので、このような反論が出てきたのではないかな、と思います。

法的な意味での労働組合の活動領域、すなわち団交の対象事項、ということの他に、企業内労使関係や社会的な意味での労働組合の発言や活動領域にも目配りすると、ILOやITUCのこの手の報告書の言いたいことが理解できるのではないかという気がします。

ちなみにドイツが6段階評価で最良の「1」、日本やフランスはその次の「2」なんですが、なぜこの評価になったのかの理由が明示されていないのですっきりしない報告書の作りではあります(なのでDOLEが不満に思って反論するのも仕方ない面もある)。

 

【追記】

スミフルの件についてはITUC報告書の14ページに下記の記載あり(上述の砂糖業での事件と本件の2件について報告書は取り上げています)。

> On 31 October, Danny Boy Bautista, a 31-year-old harvester and active NAMASUFA  member, was shot four times by an unidentified gunman during strike action at Sumifru, a Japanese fruit exporting company.

トラブル時にヒットマンが登場するのはフィリピンのよくあるパターンですが、交渉ではなく実力行使を日本企業が関係する案件で選択することはやめてもらいたいものです。