島国時々更新日記

日本ではない南の島国で知ったことを書いていきます

【労働者性】フィリピン乗合バスの運転手は労働者ではなく自営業者扱い

鉄道が発達しておらず自家用車も庶民には高嶺の花のフィリピンでは、庶民の移動手段の代表格は乗合バスのジープニーです。筆者の近所では初乗り8ペソ。

ja.wikipedia.orgこの乗り物の起源は、第2次世界大戦後のアメリカ軍の払い下げジープを改造してフィリピン人が乗り合いできるようにしたもの。マニラは大型のジープニーが走っているようですが、筆者の居住する市は道も狭いので軽トラックの荷台を改造して乗り合いできるようにした小型のものがほとんどです。

ジープニーは行政用語ではPublic Utility Vehicle(PUV)と呼ばれているので、公共交通機関、すなわち市かバス会社が経営しているのかと思ってしまいますが、このような「経営主体」はありません。それぞれのジープニーの車体にはオーナーがいて、運転手はオーナーから車体だけを借りて、毎日一定額の車体の借り賃をオーナーに納めます。さらに運転手は客からの運賃から借り賃やガソリン代を支払い、その残りを自分の収入とします。

この仕組みをboundary Systemといい、車体オーナーと運転手の間の契約はboundary system contractといいます。ということで、運転手は誰かに雇われているのではなく、自営業者。

この契約の内容や実際の運転手の仕事ぶりについてよく分かる新聞記事(2013年10月9日付けマニラタイムズ)がありますので、日本語に訳して紹介します。

www.manilatimes.net

バウンダリーシステムでも雇用関係あり

1997年にジープニーのオーナーが一人の運転手と契約し、オーナーが複数所有するジープニーの一つを運転させることとした。この契約はバウンダリー契約であり、運転手は1日当たり450ペソという一定額をオーナーに支払って残りを自己の収入とすることとした。この契約では、運転するルート、服装、車体の使用方法とメンテナンス、乗客サービスガイドラインも含まれていた。その他、当該ジープニー車体を購入する合意もなされていた。購入のために運転手は1万ペソの頭金を支払い、4年の間毎日550ペソの分割金を支払うと約束した。

その後運転手は毎日の分割金550ペソを支払えなくなっていたが、オーナーは運転を続けることを許していた。しかし2000年1月に、オーナーは契約上のペナルティを科すことを決めた。分割金不払いのペナルティとして、オーナーは当該ジープニーを取り返し、運転手に運転を禁じた。

そこで運転手はこれは違法な解雇であるとしてオーナーを訴えた。運転手によれば、オーナーとの契約は雇用契約であり、十分な理由がなく解雇されたというのである。オーナーは雇用関係の存在を否定し、二人の間の関係は賃貸借(leasing)の関係だったと反論した。

国労働関係委員会はこの訴えを訴えの利益なしとして却下した。しかし高裁は、当事者の間には雇用関係があると認めた。すなわち、雇用関係に基本的に必要になるのは解雇の可能性や支払いの形態ではなく、被用者の仕事のやり方をコントロールする力があることのみである。

最高裁も高裁の判断を支持し、バウンダリーシステムの背後にあるメカニズムを説明した。

すなわち、バウンダリーシステムとは、オーナー/管理者が運送業者として乗客を輸送するための一般的な方法であり、その目的は、第一には運転手の報酬を管理するためのものである。すなわち運転手の日々の稼ぎはバウンダリーの額以下のものはオーナー/管理者に渡され、バウンダリーの額以上のものは運転手の報酬になる。このシステムの下では、オーナー./管理者は運転手をコントロールし監視する。賃貸借契約では、貸し手は貸している動産にはコントロールが及ばず、借り手はその使用の結果に対して責任を負うので、異なっている。バウンダリーシステムでは事業の管理は依然としてオーナー/管理者にある。バウンダリーシステムでは、オーナー/管理者は公共の利便性のためにジープニーを運行するフランチャイズ許可(筆者注:地方自治体からの営業許可)を持っているため、運転手が当局のフランチャイズどおりの路線を運行しているか、事業の管理のための規則に従っているかを監視する義務を負う。運転手が固定給をもらうのではなくバウンダリーの額をオーナー/管理者に渡してその残りだけを収入とするという事実だけでは、雇用契約ではないとするには十分ではない。間違いなく、運転手はオーナー/管理者の通常の事業または商売に通常は不可欠または望ましい行為を行っている。

(以下略)

 

以上はVillamaria事件の最高裁判決(2006年4月)だそうで、バウンダリー契約はジープニー以外にもバスやタクシーで利用されていますが、これらの運転手も労働者性を争って認められているということです。そうです、フィリピンではタクシー運転手もタクシー会社に雇われているのではないのです。

ということは、裁判する時間とお金があればジープニーやタクシーの運転手も大方労働者性が認められるのか...。

Villamaria事件が起こったのは1997年なのでジープニーのバウンダリーの額は1日450ペソですが、今は1000ペソぐらいではないでしょうか?高いな!

ceburyugaku.jp

ところで外務省の安全対策基礎データ

庶民の足として親しまれているバスやジープニー,トライシクル等の多くは,運転が乱暴であったり,整備が十分でない,あるいは保険に加入していないなど,その安全水準は日本に比べて非常に低い状況にあります。また,車内で強盗やスリ等の被害に遭う事例も多発していますので,利用はお勧めしません。

と書かれてしまっていますが、安全水準がこうなってしまう大きな原因はバウンダリー制度にあります。なにしろ運賃8ペソでバウンダリーやガソリン代を払った残りしか運転手の収入になりませんので、運転手はお客を乗せるために必死で、ジープニー同士はお客の奪い合い。車両の整備は運転手の責任ですので、そんな余裕はない。

そんなことで、PUV Modernization Programがドゥテルテ氏が大統領就任後の2017年から進められています。

en.wikipedia.org

このプログラムは2020年には完了しているはずですが、まだ完了する気配なし。それにあのジープニーがなくなって近代的なバスだらけになったら街の景色が一変してさみしい…。しかし現在のフィリピンでは環境、乗客の安全、交通渋滞、そして運転手の労働条件にまで悪影響だという現実を考えると、このプログラムの完了が待ち望まれます。

 

フィリピン社会におけるバウンダリー制度の意味についてはこちら。

www.co-media.jp