島国時々更新日記

日本ではない南の島国で知ったことを書いていきます

【フィリピン】続・生産性賃金について

3月18日の記事では、フィリピンでの賃金制度のことが分かる資料が日本よりずっと少ないこと、生産性賃金の導入を政府が勧めていることを書きました。今回は若干ですが内容を深めたいと思います。

 

1.フィリピンの最低賃金制度の歴史


フィリピンの最初の最低賃金Minimum Wage Law、共和国法第602号)が成立したのは1951年と(意外と)昔のことで、日本の最低賃金法成立が1959年ですので、実に8年もフィリピンの方が日本より先んじていました。第二次大戦後はフィリピンは繁栄していたという話は、詳しくは井出譲治『フィリピン-急成長する若き大国』(2017年、中公新書)の11ページ以下をどうぞ。

1951年法は、
・公労使三者構成の全国レベルの賃金委員会Wage Boardを創設、
・全国一律の最低日給額(マニラの非農業労働者、マニラ以外の非農業労働者、農業労働者の3グループ)を決定、
というのが主な内容です。全国一律の最低日給額ですので、各地の物価差が考慮されていないなど様々な問題がある制度だったようです。

そのため1989年に現行法である賃金合理化法Wage Rationalization Act、共和国法第6727号)を成立させ、全国一律の最低額を廃止しました。賃金合理化法では、
・国レベルの公労使三者構成の全国賃金生産性委員会National Wages and Productivity Commission (NWPC) を創設、
・全国17の地方に公労使三者構成の地方三者賃金生産性委員会Regional Tripartite Wages and Productivity Boards(RTWPB) を創設、
・各地方の地方三者賃金生産性委員会がそれぞれの地方ごとの最低日給額を決定する、
という仕組みが採用されています。

今回の記事との関係で指摘したいのは、1951年法の目的は最低賃金制度のみでしたが1989年賃金合理化法は最低賃金制度だけではなく生産性の向上および企業利益の労働者への分配も法の目的にしていることです(同法2条)。1989年法成立により、生産性賃金の導入が開始されました。

 

2.最低賃金を決定する機構


日本の労働関係法令は労働基準法労働組合法、職業安定法...、と法律の目的ごとに別々に分かれていますが、フィリピンの場合は基本的には労働法典Labor Codeとして一つにまとめられています。ですので、賃金合理化法の内容もほとんどが労働法典の方に移されています。なお本ブログでは、こちらの労働法典の日本語訳を参考にさせてもらっています。

 

全国賃金生産性委員会の役割(労働法典121条)
121条はこの委員会に9つの役割を与えており、主には、
・賃金、収入および生産性に関する事項について、フィリピン大統領と議会に対する相談および助言機関として活動すること(同条a項)、
・ 企業、工業および国家レベルでの賃金、収入および生産性の向上に関する政策およびガイドラインの策定をすること(b項)、
・ 地方、州、または産業レベルで適切な最低賃金および生産性を決定するための規則および細則を作ること(c項)、
などとされています。

すなわち、全国に17ある地方三者賃金生産性委員会をまとめる司令塔であり、これら委員会と国家をつなぐ役割ということです。また最低賃金と職場の生産性の両方を視野に入れています。

 

地方三者賃金生産性委員会(労働法典122条)
122条はこの全国17地方に設置される委員会に6つの役割を与えており、主には、
・各地方の賃金、所得および生産性向上に関する計画、プログラムおよびプロジェクトを開発すること(同条a項)
・各地方、州または産業に適用する最低賃金率を定め、委員会の策定するガイドラインに従って対応する賃金命令を発出すること(b項)、
などとされています。

すなわち、具体的な最低賃金額を定めること、生産性などに関する賃金の指導や啓発を行うことが役割ということです。

 

3.生産性賃金の歴史(その1)


最低賃金制度の改革と同時に生産性を考慮した賃金という概念が提唱されたのですが、さらに1989年賃金合理化法の翌年1990年に生産性奨励法Productivity Incentive Act、共和国法第6971号)ができました。この法律の2条はその目的を次のように規定しています。

SECTION 2. Declaration of Policy. It is the declared policy of 'the State to encourage higher levels of productivity, maintain industrial peace and harmony and promote the principle of shared responsibility in the relations between workers and employers, recognizing the right of labor to its just share in the fruits of production and the right of business enterprises to reasonable returns of investments and to expansion and growth, and the accordingly to provide corresponding incentives to both labor and capital for undertaking voluntary programs to ensure greater sharing by the workers in the fruits of their labor.

 

第2条 政策の宣言 生産の成果を労働者も享受する権利があることに鑑み、また企業に投資の合理的な見返りや事業の拡大と成長を享受する権利があることを鑑み、そのため、労働者の労働の成果を労働者自身が今まで以上に分配されることを確保するための自発的なプログラムの実行を、労働者側と資本側の両方が連携して取り組むよう促すために、国家は生産性向上の促進、産業の平和と協調の維持、労働者と使用者の間の関係における責任の共有原則の促進を行うとするのがこの法律の宣言する政策である。)

 

 

日本の生産性三原則は、①雇用の維持拡大、②労使の協力と協議、③成果の公正な分配ですので、概念的には同じことを言っています。

生産性奨励法では、任意で企業内に労使委員会を設置すること、労使委員会での話し合いにより生産性奨励プログラムを導入して生産性ボーナスを支給することが定められています。またこの法律の細目を定める施行規則もあります。

 

続きはまた後日。

 

でもね、ここで紹介した法律の立法過程とか立法趣旨とか、国会での審議状況とかググってもググって出てきた文章の脚注見ても分からないのよね...。マニラのどこかに行けばそういう資料があるんでしょうか?

会社のフィリピン人顧問弁護士によれば、フィリピンは判例法の国だから立法過程とか関係ないので考えなくてもいいみたいなこと言ってましたが。