島国時々更新日記

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【ドイツ】サプライチェーン・デューディリジェンス法(Lieferkettensorgfaltspflichtengesetz(LkSG))の内容(3)

 

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ジュネーブのお土産(パレデナシオン)

12月19日のブログ記事に続く内容です。

Lieferkettensorgfaltspflichtengesetz(サプライチェーンデューディリジェンス法)

https://www.bgbl.de/xaver/bgbl/start.xav?startbk=Bundesanzeiger_BGBl&jumpTo=bgbl121s2959.pdf

 

第4条 リスクマネージメント

(1)第3条(1)にある注意義務を企業が遵守するために、企業に「適切」で「効果的」なリスクマネージメントを整備する義務を課しています。

(2)「効果的」とは、「もし企業がサプライチェーンにおいて人権や環境に関するリスクまたは義務違反を発生させていたりその発生に寄与していたりする場合に、人権と環境に関するリスクを認識し最小限にできる、人権または環境に関する義務違反を防止または終了させることができる、またはその程度を最小限にできる措置」だと定めています。

(3)企業が自社内に、リスクマネージメントを監督する責任者を置くことを義務付けています。また経営陣は、定期的に(少なくとも1年に1回)、その責任者の業務について報告を受けることも義務付けています。

(4)リスクマネージメントの整備や運用にあたって、企業が適切にその利益を考慮しなければならない人たちを列挙しています。自社の従業員、サプライチェーン内の諸企業の従業員、そしてその他にも、自社の経済活動やサプライチェーン内の諸企業の経済活動に関連して、この法律で保護されるべき法的地位に直接的な関係を有する可能性のある人々ということです。

 

リスクマネージメントの制度設計の際に、実務上は、上記の(4)の利益を考慮する必要がある人々の外延が問題になりそうです。ここについて、連邦議会に提出された政府の法案説明資料が説明している内容を考えます。44ページです。

https://dserver.bundestag.de/btd/19/286/1928649.pdf

 

Zu den betroffenen Personen gehören insbesondere Beschäftigte sowie Personen, die in enger räumlicher Nähe zur unternehmerischen Tätigkeit stehen, wie beispielsweise Anwohnende oder Nutzer von Nachbargrundstücken einer Produktionsstätte. 

(関係を有する人には、従業員の他には、当該企業の活動に空間的に近い場所に居る人である。例えば、製造場所の近隣の土地に居住しているかその土地を利用している人である。)

 

Im Sinne eines effektiven Menschenrechtsschutzes ist der Begriff des Beschäftigten weit zu verstehen. Erfasst sind auch Selbstständige, die einem Unternehmen zuliefern und informell Beschäftigte, zum Beispiel Personen, die nach den jeweils geltenden Gesetzen in Schwarzarbeit tätig sind, die Arbeitsverboten unterliegen oder Scheinselbstständige sind. 

(効果的な人権保護という意味では、従業員の定義も広くとらえなければならない。当該企業の業務を下請けしている独立自営業者、正式な雇用契約がない労働者(Schwarzarbeit)や労働禁止のため本来は働いてはいけない労働者(筆者注:労働禁止とは例えばドイツ難民法第61条難民認定期間中の労働禁止)、偽装雇用の労働者などのインフォーマルな従業員も含まれる。)

 

Absatz 4 benennt weiterhin Personen, die von den wirtschaftlichen Aktivitäten der unter den Anwendungsbereich fallenden Unternehmen oder ihrer Zulieferer unmittelbar betroffen sein können. Darunter können etwa Anwohnerinnen und Anwohner in der Nähe des Unternehmensstandorts fallen. Geschützt werden sollen auch juristische Personen, Personenvereinigungen oder Gremien, sofern sie vom persönlichen Schutzbereich der Menschenrechte gemäß § 2 Absatz 1 erfasst sind, insbesondere Gewerkschaften. 

(第4条(4)では、それ以上に広い範囲の人々を含む。この法律の適用領域の範囲内にある企業やそのサプライヤーによる経済活動に直接的な関係がある可能性がある人々である。例えば、企業の活動場所の近隣住民などだ。対象になるのは自然人だけではなく、第2条(1)がいう人権の保護の範囲に入るのであれば、法人、団体、委員会、そして特に労働組合である。)

 

また、利益を考慮するとはどのような方法で達成するのかも、説明されています。

Dies kann in Form einer direkten Konsultation mit (möglicherweise) von Rechtsverletzungen betroffenen Personen oder mit einer berechtigten Interessenvertretung erfolgen. Die Konsultation betroffener Personen oder ihrer
Interessenvertretung kann dabei ein wichtiges partizipatives Mittel sein, um Informationen über ihre Interessen und menschenrechtliche Situation zu erlangen.

(このことは、(可能であれば)権利侵害に関係する人や権限のある代表者との直接の協議という形態により、成し遂げられる。関係する人または代表者との協議は、彼らの利益や人権に関する状況についての情報を彼らがが入手するためには、重要な関与の方法となりうる。)

 

筆者がこれを読んで思い起こしたのは、日本の労働組合法における「団体交渉の範囲」「団交応諾義務」です。ある企業の経済活動により(良くない)影響を受けた場合、これを協議、回復するための方法の一つに、日本では労働組合による当該企業との団体交渉というものが考えられます。

www.mhlw.go.jp

住友ゴム事件では、退職した従業員が退職後に、当時の業務で使用していた石綿が原因で中皮腫を発症したため、労働組合が、中皮腫を発症した元従業員X1、X2と死亡した元従業員X3の遺族X4に対して、X1~3が在職中の同社の石綿使用実態を明らかにすることなどを求めて、団体交渉に応じるよう求めました。

阪高裁はX1、X2は「使用者が雇用する労働者」だとして同社に団交応諾義務があることを認めましたが、X4については違うとして団交応諾義務を否定しました。

日本ではその他、企業に融資している銀行や投資ファンドが団体交渉の相手方になるか、フランチャイザーフランチャイジーと団体交渉するべきかなど、労働組合法がそもそも想定していなかった問題も団体交渉制度に持ち込まれるようになっています。

ドイツのLkSGは、このような観点からも、今後研究対象としていくことも考えられます。日本の法律の解釈や新しい政策を策定する際に、何かしらの示唆を得ることができるでしょう。